1979年1月に水道橋・労音会館(現在は無くなっている)で初演して以来、国内外で
再演を重ね、現在151回という日本人のマイムとしては異例の再演数を数える作品。

毎年一度の東京での再演を楽しみにして、何回も見に来て下さるお客様も多い清水きよしの代表作。
初演以来42年、能舞台での上演も37年となる。


■プログラム
 第一部 / オーソドックスなマイムの手法によるスケッチ風な作品
  「風船売り」 「手品師」 「ペンキ屋」 「たばこ」

      休憩

 第二部 / 日本人の生活や文化に根ざした独自の風合いによる作品
  「つり」 「秋の日の想い出」 「いのち」 「幻の蝶」


音楽は11弦ギター(辻 幹雄さん)、フルート(うえの善巳さん)
ピアノ(延原 祐さん、原ゆうみさん)、アコーディオン(かんのとしこさん)による生演奏での上演を基本にしている。


箱がただ一つ置かれただけのシンプルな舞台が、
演者の動きによって豊かな空間に生まれ変わるパントマイムの醍醐味。
光が、風が、色彩が、そして音や香りまでが溢れるように観客の心に拡がっていく。
演じるものと見るもののお互いの想像力が紡ぎ出す言葉のない空間の詩。
其れが清水きよしの「幻の蝶」です。

日常から解き放たれた不思議な時間をお届けします。



“作品雑感

作品のご紹介をプログラム順に。
と言っても内容やあらすじは観て頂く楽しみが半減すると思うので可能な限りしません。...


◆風船売り
 最近は見かけないけれども、昔は公園で“風船売り”をよく見かけました。
“紙芝居”や、“蝦蟇の油売り”“バナナのたたき売り”“等々。
公園は見世物小屋のような楽しみな場所だった。
そして風船はいつの世も子どもたちは風船が大好き。
子どもたちばかりではない、大人も年寄りも、風船を見ると何故か顔がほころぶのです。

 “赤い風船”というフランスの短編映画をごぞんじでしょうか?台詞は一切無し。
風船と少年の交流は夢、ファンタジーそしてちょっぴり切なさも。
私が大好きな映画なのです。ラストシーン、色とりどりの風船が少年を青い青い空の彼方に連れて行く。
私の“風船売り”はそんな大好きなものたちへの思いを込めた作品です。


◆手品師
 
物が現れたり消えたり、手品の楽しさは騙されることにある。パントマイムも一緒ですね。
何も無い空間に物が見え、その場にいながら歩いているように見えたり、自在に空間を移動したり。
実は、そのように見せるマイムの技を『イリュージョン』というのです。
...
さて、この手品師、いろいろ出しますがパントマイムですから何も無い。
でもハンカチが見えたり消えたり、鳩が現れたり…。
さてどんなことが起きるか、まあ、マイムの登場人物はチョット普通では無いので…。

◆ペンキ屋
 この作品には忘れられない想い出が二つある。
...
 一つは初めての京都公演の時のことです。と言う事は今からもう30年以上前になるのですね。
打ち上げをあの有名な『ほんやら堂』の二階でやらせて貰ったのですが、そこに小学校の二年生だったか
女の子が来てくれたのです。その子がペンキ屋を見ての感想を言ってくれました。
「これはパントマイムだから出来るお仕事だね」と

パントマイムの自在な空間の作り方をしっかり解ってくれた小さな女の子のひと言が、
その後の私のマイム人生にどれほど大きな力になったことか。
今はもう40歳くらいになっていらっしゃるのでしょうか。
これを書きながら無性にお会いしたくなりました。

 そしてもうひとつ…これはチョットに苦い話しです。
この作品を見てくれた若い女性のアンケートに書かれていたことです。
『私の大切な人は、事故で高いところから落ちて亡くなったのです。このペンキ屋を見てとても辛かった』と。
ショックでした。そういう体験をされた人にはさぞかし辛い作品だったろうなと。

 どんな方が観に来て下さるのか解らない。人はそれぞれにいろいろな人生を抱えている。
ある人には愉しい話しでも、ある人にはとても辛く哀しい思いをされることもある。
そんな当たり前のことに改めて気付かされたのです。
それから暫くこの作品を演じる度に心に引っ掛かる思いがありました。
でもやはり人それぞれ、様々な受け止め方があるのが当たり前。
そう思うことで割り切れたのもまた事実なのです。


◆たばこ
 何気ない物、何気ない小さな出来事、何気ない人の優しさ、何気ない季節の変化・・・・
余りに何気なくてつい気付かずにいることのなかに、とても豊かな世界が隠れている。
それを見いだすことが出来るかどうか・・・。...

作品って得てしてそんな小さな事に心が立ち止まることが出来た時に、思いがけずに生まれてくる。
当たり前、と思って通り過ぎないで、チョット立ち止まって見つめてみること。
そんなことを大事にしていきたいと何時も思うし、若い人たちにも言うのだけれど、
日々の生活に流されてしまうと、これがなかなか難しいのですが。

さて、私の父はチェーンスモーカーでした。
小さな時は貧しかったので、父は吸い殻をとって置いて溜まるとほぐして残ったたばこの葉を集め、
専用の紙に巻いてたばこを作るのです。
小さな手作りたばこ巻き器があって、私はその器械でたばこを巻くのが面白くって、よく手伝わせて貰ったものでした。
父の膝に乗るとたばこの匂いが。私の「父の匂い」はたばこの匂いでした。

小さなたばこ一本にも、楽しい想い出や哀しい想い出、人それぞれにあるのでしょう。
私も「たばこ」にまつわる想い出が他にも幾つか。
でもこの作品に描かれていることはまったくの創作です。
これは、ある男の「たばこ」にまつわるお話です。

◆つり
マイムを始めた頃は、パントマイムは西洋(ヨーロッパ、と言うよりこんな感じ)のもの、と言う認識強かった。
まだまだマイムをやる人も少なく、日本人ではヨネヤマママコさんただひとりがスターになっていた。
私の先生や先輩など、何人かいたのだけれどマイナーな分野でした。
やる側も観る側も、パントマイムは西洋の芸という先入観があり、作品もあちら風の物が多かったと思います。...

日常を演じる所作や、感情表現の仕方も何となく西洋風で、私も初めはそれが新しいことをやっているようで面白かったのだけれど、
作品を作っているうちに、伝えたい中身と入れ物(パントマイムの表現スタイル)がそぐわないように感じ始めたのです。
西洋風の所作では私の伝えたい思いは伝えられない。
そんなことを考えるようになって、作品の素材を日本の文化、生活などに探すようになりました。

昔話や民話、落語、自らの体験など。その作業の中から幻の蝶のいくつかの作品が生まれました。
特にU部の作品は全て日本人である自分の中に育まれた物から作品を生み出したのです。
で、『つり』は落語にヒントを得ました。どの落語からヒントを貰ったかはどうぞ観てのお楽しみ。
「ではお後がよろしいようで…」

秋の日の想い出
小さい頃父親に連れられてサーカスを観に行った時のこと、後楽園だったと思うのだけれど凄い人混みで、
父のコートを掴んでいたはずなのだけれど、ふと見上げたら他人だった。
さあ、その後はもうパニック状態でしたね。人混みを掻き分けあっちこっちと父を探して走り回るのだけれど見つからない。...
どういう経過で父と巡り会えたか、その事は全く覚えていないのだけれど、あの人混みと、ふと見上げたときに父のはずが
他人だったときの戸惑い、あの感覚は今も記憶の底にあるのです。
何かに夢中になってしまって自分の居場所も分からなくなる。そんなことは他にも色々あったなと。
パニックになったのは自分だけではなく、おそらく父も必死に探してくれていたのでしょう。

この秋の日の想い出は赤とんぼに柿の木。
そして迎えに来てくれたのは…、父親、それとも母親?それは皆様ご自由に。

いのち
私が小さい頃、父は戦場で受けた傷やマラリアの後遺症でまともに働けなくて、母の実家に家族で世話になっていた時期が長いのです
ただでさえ戦後の何もなく貧しい時期、しかも初孫だったので母方の祖父母にはとても可愛がって貰ったのです。
銀行マンだった祖父は畑仕事が大好きで、休みの時は何時も畑に出ていた(何だか今の私だ)のですが、
私はその祖父の後ばかりついて回っていたように思います。
明治の男、決してふにゃふにゃと孫を可愛がるようなことをせず、かといって冷たくあしらうなんて言うことは全くない、
懐が大きい、側にいてとても温かさを感じる人でした。...
その大好きな祖父がなくなるとき、時間がある限り病院で付き添っていたのですが、亡くなった直後に公演があり、
しかも新作を出さなくてはいけないという状況でした。でも作品を考えるどころではなく、直前になっても作品の影も形も出来ない。
いいや、ならば祖父へのレクイエムだ、と亡くなるときのとても穏やかな祖父の最後をそのまま作品にしようと思って演じたのが『いのち』です。
誰も解ってくれなくてもいい、いや誰も解らないだろうなあと思っていたのですが、初めてドイツで演じたときに、
ドイツ人が「いのち」がとても心に残ったと言ってくれたのです。嬉しく励まされたひと言でした。

◆幻の蝶
青森に高木恭三さんという方言詩人がいた。
「まるめろ」という方言詩集を、私の高校時代の恩師が送って下さったのだが、津軽の言葉で綴られた詩の素晴らしさに心が震えました。
そしてご自身が朗読されたソノシートを何度も聴いたものでした。
その高木恭三さんのエッセイに「幻の蝶」という作品があります。
話の内容は私の作品と余り繋がらないのですが、このタイトルがとても心に残り、そこから「幻の蝶」というマイムが生まれました。
追い求めても追い求めても・・・私にとってマイムが"幻の蝶"そのものです。




■お客様からのメッセージ
 
 ◆2012年の公演アンケートから抜粋
   ◇こんな芝居がみたかった! こんなパントマイムがみたかった!東京まで来てよかったです!(兵庫県伊丹市/男性)
    ◇絵本のような アニメーションのような ゆるやかで優しい そしてどこか懐かしいような・・・
     忘れかけていた自分の記憶や思いでの引き出しをあけるような… みおわった後にやさしい気持ちになれます。 (東京都/女性)
    ◇初めて舞台でパントマイムを観ましたが、時間にも空間にも、全く制限がなく、無限大なのだということに途中で気付き
     それ以降ずっと“パントマイム”という表現に感動していました。 (埼玉県/女性)
    ◇刺激を受けているはずなのに 心が静になっていくのが不思議です。楽しさや悲しさや、いろいろな不思議な感情が
     心の中で生まれました。とても素敵で面白かったです。(男性)
    ◇一つ一つの作品が大きなテーマに繋がっていて、終わった後に心の中に深い感動が拡がりました。(東京/男性) 

 
    

作品について

イラスト/ばばのりこ